「芳翠古稀心畫」の鑑賞
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 『芳翠古稀心畫』は、本來なら芳翠先生の七十歳となる昭和三十八年に出版すべきものかも知れないが、その二年後、昭和四十年(1965)に二玄社から出版されている。

B4判で、紫色の布表紙中央に金で題箋を箔押しして、芳翠自題の篆書による書名が浮き出すよう製本されている。殘念ながら金が確り定着していないのでこの題字は模糊としているが、外箱に墨で印刷された題箋が貼られていて、その篆書ははっきりと確認できる。

すでに絶版になって久しいが、そこに掲載された芳翠先生七十歳前後の作品群(四十九點)は、實に壓巻。いつ見ても、興味は盡きず時間がたつのも忘れ、書の妙味に醉い痴れて、その醍醐味に壓倒される。


今月からこの『芳翠古希心畫』中の作品を一點一點紹介し、共に味わって行きたいと思う。

布表紙と薄クリーム色の見返しをめくると、中表紙には草書の表題「芳翠古希心畫」がある。

 これがまた立派な作品として鑑賞できる。タップリな墨量で、いつもの落款よりやや控えめに「芳翠」と書き、小さめな 「古」を挾んで、「稀」字は掠れながら懷を廣く、筆の動きも鮮やかに、線は互いに響き合う。

 墨繼ぎをしてその下に絶妙な「心畫」を書き加え全體を收めている。平たい「心」と縱長な三畫形の中に少しうねりを加えた「畫」は、最後の長過ぎず、細すぎず、しなやかに伸びた横畫で結着している。


 中表紙の裏に先生の「略歴」があり、隣り頁に自宅の庭石に腰掛ける「作者近影」が穩やかな人となりを寫し出している。落ち葉が目立つ庭は初冬だろうか、やや厚手の着物に見える。鼈甲縁の眼鏡とインターナショナルの腕時計、黒足袋で桐下駄を突っかけて、陶製の蛙の傍らに腰を下ろしている。寫眞の裏頁は「作品目録」、目次である。


 1 龍、三曲屏(草・隷)

「龍」「瑞應圖日。黄龍不衆行、不羣處、必待風雨、而游乎青氣之中、游乎天外之埜。出入應命、以時上下。有聖則見、無聖則處。」樗翁。

1963年日展出品 ワク155×175cm

巻頭の第一作は、二つ折りの綴じ込みで、天地27cm×左右31cmiに印刷され、中央「龍」字の迫力をよく傳えているが、殘念ながらモノクロで陰影がやや薄い。「龍」の右には楕圓に近い自然形の朱文「貞松千歳」、左には白文「松本英印」と朱文「心畫」の二印が見える。

 (三印共に新井琢齋刻)隷書の「瑞應圖」の下に長方朱文の「漱雲」(新間靜邨刻)が押され、落款「樗翁」の下に白文の「英」印(齊白石刻)が一顆押されている。 三曲屏風という特殊な形態で、左右の小屏を疊むと丁度中屏に重なって閉じるようだ。

 本紙は、草書「龍」一字が全紙に書かれ、「瑞應圖云々」の隷書は、全紙を二分した形、つまりそれぞれ半切大で左右に分けられている。

果たして全紙に書いて二分したものか、半切に別々に書いたものか、今となっては分からないが、芳翠先生なら、きっと全紙に多少眞ん中を空けて一度に書いて二分するのではないかと、勝手に想像している。

勿論、半切に別々に書いても、左右がピタリと調和して一度に書いたように見せることも、先生には容易なことであろう。

このように二書體を一つの作品として見せることは稀なケースで、當時、芳翠先生は書作品として完成度の高い創作に意欲をたぎらせ、傳統の上に立って常に新たな作品創りを試みている。

この作品が昭和三十八年の「日展」に出品されたことを考えると、そこに芳翠先生の制作意圖が樣々に想像できる。所謂「書道展」で觀る多くの作品は、詩文を巧みに書いて、その技倆と書風、そこから釀し出される風韻を參觀者の鑑賞に供すれば、それで作品の使命を終える。


一方この屏風は、そのまま神社佛閣や御殿樓閣に置かれた時に、堂々とその存在感わ示す書作品なのである。單に展覽會で作家の技能や藝術觀を示す作品としての出來映えを問うものではない。書作家が命を吹き込んで生きた作品として存在している屏風であって、他の日本畫、洋畫、彫刻、工藝などの藝術部門に對しても書作品の大きな存在感を示した屏風ではなかったろうか。當時、藝術部門に於ける書の存在を輕視する考えや、一方で輕佻浮薄な藝術觀で書のパフォーマンスに走る書家に對して、書の本道とその眞價を示した作品ではなかったろうか。

先に隷書の「瑞應圖云々」から觀よう。『瑞應圖』は、古く南北朝時代の孫柔之の著とされる。吉祥や瑞應に關して動物、植物、道具などについて記され、大半は漢代の神話や迷信、豫言などを收録したものという。

芳翠先生は草書「龍」の一字に、この『瑞應圖』の一節を抄して隷書で添えている。楷書では堅過ぎて不調和、行書や草書では馴染み過ぎて「龍」が生きない。隷書も波磔の強い漢隷ではなく、古隷に近い芳翠流の隷書が瀟洒で草書大字の「龍」を引き立てる。

また、六朝期の古い神秘的な内容の文章を表現するのにも、波磔のない芳翠流の古隷が實に効果的である。

「瑞應圖に曰く。黄龍は衆行せず、羣處せず、必ず風雨を待って、青氣の中に游び、天外の埜に游ぶ。

出入は命に應じ、時を以って上下す。聖有れば則ち見れ、聖無くんば則ち處る。」

本文は四十一字、「瑞應圖曰」を一字分上げて少し大きめに題し、末行の文末二字の下にやや間を空けて「樗翁」と小さめに草書落款を入れる。その字の大きさ、字間、,行間の間合いは絶妙。天地に餘白を大きく取ってやや下がった配字。これが半截されて左右に分けられ、「龍」を抱くように裝幀されている。例えば「瑞應圖曰」を下げて本文と揃えたと想像すると、やや物足りない。或いは「瑞應圖曰」に續けて本文を書けば、落款下部の空きと釣り合いがとれない。

また、隷書部の落款だが、その位置は「龍」字との釣り合いも充分考慮されている。

更に落款印を白文の「英」一顆に止め、「瑞應圖曰」の下に自然形の朱文「貞松千歳」印をツしているが、その用印には相當な考慮を費やしたに違いない。今、一字一字の形、大小、筆致、バランスについて述べる暇はないが、どの一字を採っても深い味わいを持っていて、脇役ながら小憎らしい程の藝達者が揃っている。


さて、主役の「龍」を觀てみよう。
第一筆は墨量タップリに打ち込まれ、飛沫が右下に走っている。 第二筆はやや間を空け、微妙に起筆を横に入れてゆったりとうねりながら右下に動き、方向を左に轉換すると弧を描きながらスピードを上げて右上へと登り、餘勢を殘して線は途切れる。 第三筆は右上少し高い位置から一氣呵成に、少し細めの渇筆ながら力強い線で轉折を交え左右のカーブを描いて紙の下部中央を過ぎたところまで筆が運ばれている。

先ず左にカーブしながら第二筆と交差したところで急轉換し、タイヤを軋ます音と煙と匂いを殘す車のように小さなS字カーブを曲がると、更に加速して渇筆の左カーブを描く。

次の轉折はスピードに乘ってジャンプしたかのように筆先まで筆を持ち上げ、開き亂れた鋒先が捻れの軌跡を殘しつつ再び纏まって、殘った墨を絞り出しながら、ホームストレッチで伸びやかな右回りのウイニングランをアピールする。

フィニッシュは右上に僅かに空いた餘白へのジャンプ。それまでの餘勢を驅って最後の筆は亂れを殘しつつゴールへと跳び込んだ。

正に躍動する龍の姿を寫したような筆線は、絶妙な間合いで向勢と背勢を巧みに交え、紙面を制している。

第一筆の「ヽ」は、上部の大きな空間の中央に確りと位置し、第二筆と第三筆が背勢にその點を捧げるように構えている。

その第二筆と三筆の縱に流れる線は、漏斗のように下部を挾めて構えているのに對し、第二筆の右上に向かう線と、第三筆の左下へ向かう線は、互いに向勢に大きく膨らんで呼應している。

この第三筆の左下へ走る最後の筆線は、第一筆の「ヽ」とも響き合い、第二筆も合わせて右下に向かった強い線の勢いを確りと受け止めている。

勿論、第三筆自體、上部二つの左カーブの流れを、下部で一轉して右カーブに流し去って見事だが、更に、その收筆の僅かに掠れ亂れた筆致が、最後の一點に向かって氣脈を繋いでいることを見過ごしてはならない。

僅かに殘った空間の「ここしか無い」位置に打たれた最後の一點だが、第三筆の收筆と空中の太い氣脈で?がっているからこそ生きている「點」と言えるだろう。

正に主役は主役として大向こうを唸らせる演技で魅了する。

少し冷靜に戻って、「龍」字を思い浮かべると、通常は第三筆の末筆は跳ね上げて點に移る字形が多い。末筆を下向きに引き延ばした場合はあまり點を打たずに次へ連綿する。多字數の作品で「龍」字を書く場合は、この形では滅多に點を加えるべきではないだろう。

この作品は「龍」一字を全紙に入れたもので、下に引き延ばした筆の收まりどころを點に持っていったもの。大きな點で始まり小さな點で終わって、バランスがとれている。