「芳翠古稀心畫」の鑑賞
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4 哲人知機、額(篆隷書・草書)

「書海」2009年12月号より

「哲人知機、誠之於思。志士勵行。守之於爲。」樗。 (古稀記念展出品 67×137p)

第四作は、いわゆる鑑戒の語として『周易程氏文集』

から右の語句を選び、はじめの「哲人知機」の四字を

古文を交えた篆隷書で題字、以下十二字をその下

部に、巻子を伸べたように小さめの草書で横に展開

した作品。

落款は、草書部の後尾に「樗」の一字を入れて、印

は、引首に楕圓の朱文「貞松千歳」を、落款には朱

文「樗主人」と白文「古希以後所書」(共に石井

雙石刻)をツしている。原文では「知機」ではなく「知

幾」であるが、「機」は「幾」に通じ、この配字では字面

の良い「機」を書かれたのだろう。

「哲人 機を知り、之を思に誠にす。志士 行を勵み、

之を爲に守る。」

(哲人、即ち道理にあきらかで識見のすぐれた人は、

物事の機微を鋭く察知することができるが、それを

よくよく思い巡らし、掛け目、ごまかしにはしない。

志士、つまり高遠雄大な志のある人は、その目標を

成し遂げようと勵み努力するが、則を守って逸脱し

ない。)

一つの作品中に二樣の書體を交ぜて書くことで高い

表現効果が期待できる。勿論、どちらの書體にも闌

けて、その調和を圖る構成力に長じていなければ出

來ない藝である。

芳翠先生の得意とするところで、この『古稀心畫』中

にもそうした作品が數點が收録されている。

この作、先ず「哲人知機」の篆隷書が力強い筆致

で目を引く。字畫は隷書と篆書古文の間で巧みに

構成され、筆線も篆書と隷書の用筆を交えて美し

い。この書風は、前人に類のない芳翠先生獨自の

創作であり、やや古文色を強い「芳翠流隷書」とで

も言うべきもので、その完成度の高さを示す作品の

一つと言えよう。

その制作から凡そ半世紀を經た今日でも、若しこ

れを「日展」や「二十人展」に出品したなら、最も

新鮮で創作性に冨み、完成された作品として他を

壓倒するに違いない。


「哲」字は、太く少し短めの隷意を持った「」に、金

文色の「斤」と「口」を少し細めに添えている。特徴は

偏旁の間を空けた點で、それによって、稍や異なる

字畫筆致の偏旁が違和感なく纏まっているように思

える。旁も「斤」と「口」の間を同じように空けながら、

「口」の右竪畫を伸ばして「斤」と接しせしめ、空氣

の流れを閉じたことが、この作の充實感をもたらした

要因だろう。更に、「 」偏を隷意を以て書いている

のは、次の「人」を隷書で書く呼び水となっている。

この「?」あって「人」が伸びやかな隷書で表現でき、

また、左端「機」の「木」偏と響き合って、全體の纏

まりを構成している。

「知」は篆書の字形で、「口」部は右の「人」の第一

筆と同じ圓筆(中鋒)で兩竪畫を書き、横畫に側筆

の隷意を示している。旁の「矢」は篆書の字形を隷

書の筆致で書いている。

この篆書を隷書筆致で書いた金文表現とでもいう

筆線は、左の「機」の旁「幾」で遺憾なく展開される。

また、その筆致は右端の「哲」の旁と相俟って共鳴し

ている。

「哲」字左下「口」の叉筆と、「機」字上部「幺」の擦

筆の調和も「巧まざる美」と言えよう。

「機」の「木」を隷書で太く短くしたのは、先に述べた

ように「哲」の「」との呼應と同時に、旁「幾」を大き

く見せる工夫だろう。

このように字形にも筆線にも篆隷の樣々な要素を

巧みに交えて、しかも萬人が讀める表現で「哲人

知機」を題した。

この篆隷書もその字體はしっかりとした根底のある

書體で、決した安易なデファルメではない。

特にケ石如との近似も多く、樣々に古文、篆書、

隷書を勘案して書かれたものである。


「成」部は細めに、終筆の「ヽ」は稍や離す。

「之」は控えめに下部を右に流しながら絶妙の

位置に配字される。「於」は手偏のように書く終筆

を高く回して旁の屋根へとつなげる。

下部の草書に目を移そう。

「・・・誠之於思。志士勵行、守之於爲。」を

二二二一一二二字に横展開し、ここだけを見れ

ば巻子をひろげた形。

上部の「哲人知機」を受けた「誠」は、始めから稍

や渇筆で偏旁の間を大きく開いて書かれる。

旁の二點は稍や下げて「思」へと連綿する。

「思」は「田」部を大きくひろげ、中の交叉を右に寄せ

て空間を抱え込むように縦畫は眞下に伸び、長く

水平に伸ばした横畫「心」に突き當たる。

「志士勵行」の四字は、前の「於思」の連綿と後の

「守之」の連綿で圍む。

「志」は、「士」と「心」の間を空け、「心」は右下方へ

開いて一行目の「之」と似て呼應する。

「士」は、上の「志」の上部と同形だが、筆線の角度、

彎曲を異にして變化する。

「勵行」は、中央に位置し一字一字に擦れながら

大きく運腕されている。

「勵」は「厂」の横畫を短く、斜線を強調する。

直線的な「厂」に對し、中は筆をグルグルと回した

曲線を右下方へと展開。最後の斜線で「厂」の

斜線調和させる。

「萬」の頭部で「厂」を捕らえていることで「勵」字と

して讀め、成り立っている。

ここで黒繼ぎをし、「守之」き潤墨で連綿する。

「守」は、上部を狹め、「寸」の中を廣げて、その

「ヽ」と「之」を筆をつないで太めに蛇行させる。

この筆が、「勵行」の擦れをしっかり受け止めて

いる。

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