芳翠『楷書基本帖』に學ぶ(16)
谷村雋堂
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「書海」2013年9月号より

今回は『楷書基本帖』の45・46の解説です。45頁は〔作・代・佐〕と「イ (にんべん))の字。46頁は「河・湯・淺」と「シ(さんずい)」の字です。ここでは「イ」と「シ」のそれぞれ三字だけですが、實は總ての偏旁からなる字に共通する内容を含んでいると言えます。「同じ偏でも、旁の形状によってその形、大きさ、バランスを變えて對應を圖るもの」という基本です。

ここでは最も顯著な例として「イ」と「シ」の三字ずつを取り上げています。
先ず「作」の字では、旁の「乍」がやや縱長で、縱畫が目立つ字形です。その旁に調和する「イ」は、「ノ」をやや短く、「I」を少し長く書いて、縱長の構えで對應させます。

次に「代」の字では、旁の「弋(ヨク)」が右彎曲した長い斜曲畫です。これと對應する爲に「イ」は、左彎曲する「ノ」を長く書き「|」を少し短くして對應させます。更に「佐」の字では、旁の「左」に長い左拂いがあるので、「イ」は下部を旁の左拂い讓って、縱畫はやや短く止めます。この三字の「イ」のそれぞれ「ノ」と「|」の長さを測ると、「作」では(40/62)、「代」は(58/46)、「佐」は(50/48)となりました。それぞれ「ノ」と「|」との長さの比率が異なり、同時に起筆の高さ、位置が違っています。

從って、同じ「イ」だからといって同じように書いては、それぞれの異なった字形で對應しきれません。どんな文字でも、先ず全體の形状をよく思い浮かべて、それぞれの偏や旁、一點、一畫が字の構造に中でどんな構成をしているかを考えて筆を運ぶべきものです。

次に「シ」例を見てゆきましょう。はじめの「河」は、旁が「可」ですから、その右側は「亅」で略ぼ垂直に降りる縱畫です。從って、左側にくる「シ」も三點を略ぼ垂直に並べた形にして對應を謀ります。次の「湯」は、旁が「易」で、その右側は逆「く」の字形になります。そこで、左の「シ」は三點の内、中の點を少し左に出して「く」の字形に作ることで「湯」の字は全體が○の中に收まるようになった形が整います。

こんどは、「淺」ですが、この旁「戔」は、その右側が斜め右に廣がってゆきます。故に「シ」も三點を徐々に左に開いて書き、「淺」字が全體として末廣がりに美しく整うように構成します。以上が、ここの六字で學ぶ偏旁のバランスですが、この六字だけ學んで終わってはなりません。他に「イ」の字、「シ」の字を色々思い浮かべて、それぞれ偏をどう書いて旁と調和させるか考え、實際に自力で書いて見ると良いでしょう。

勿論、「イ」と「シ」の字だけではありません。「彳」「言」「木」「ネ」「シ」等、偏旁からなる字が最も多い譯ですから、充分に研究が必要な所です。『楷書基本帖』は、一字一字の形や筆法を學ぶ爲のテキストではありません。楷書が成り立つ筆遣いと結構法を理解することが目的です。

ところで、この六字には偏旁の基本以外にも注意すべき要點があります。「作」は、偏旁の間を空け、短い横畫は俯仰と終筆の強弱を變化させる。「代」の短い横畫は、右斜曲畫と交わるので右上がりにします。これは、「淺」の短い横畫も同樣です。(逆らって水平に書いて見ると解ります。)「佐」の上横畫も左拂いではありますが「斜畫と交わる横畫は右上がり」の原則通り、少し右上がりです。下部の「工」は左拂いによって右に押し出されますが、どの位置がよいか、學びたい處です。

「河」は、口の大きさ、位置と傾きが要點。「口」部は中の白い部分の形や傾きが大切。又、縱畫の右の空きが可なり廣いものです。「湯」は、旁の下の「勿」の第二筆・鈎畫の終筆ハネの位置が、上の「日」の右畫より左に入る。それでいて四本の斜畫放射状に開きます。

「淺」は、旁の點畫が込み入る中、分間餘白の均等を謀ること。總て、點畫は筆の連絡を失わぬよう、注意して書きましょう。

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