芳翠『楷書基本帖』に學ぶ(17)
谷村雋堂
「書海」2013年10月号より
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今回は『楷書基本帖』の47・48頁の解説です。47頁は〔左・在・存〕で、48頁は〔右・布・有〕と、どの字にも「一」と「ノ」の畫がありますが、47頁の三字は「一」が短く「ノ」が長い。48頁の三字は「一」が長く「ノ」 が短くなっています。これは字源からくる筆順の違いに因るもので、47頁の〔左・在・存〕は先ず「一」を書き、次に「ノ」を書きます。これに對し、48頁の〔右・布 ・有〕は先に「ノ」を書いてから「一」を書きます。

「左」は、「左手」と、神前に据え置く「工」(恐らく左側に置く臺)とを合わせた字です。
「右」は、「右手」に、神前に据え置く「口」(恐らく右側に置く箱)とを合わせた字。

甲骨文や古い金文では、「工」や「口」がなく、手を開く方向で「左右」の別を分けていたもので、後に右手の字形はその發音から、今日の「又」の意味で用いられるようになって、「又」と區別するために「口」を加えた「右」を用いる事になったもので、それに伴い「左」にも「工」が加えられることになったものです。

説文篆文の字形を見れば、明らかに「左手」と「右手」とは、その特徴を示して一目瞭然です。この形から、書体が隷書から楷書へと変遷しても、その筆順は、手先の短い畫から書き、長い腕に繋がる畫を後から書くことが引き繼がれてきました。

從って、先に書く部分は短く、後で書く筆畫は長くなっている、と同時に、筆の連絡の必然性から、「左」の「一」は平勢で「ノ」は伸びやかになり、「右」の「ノ」は圓勢を持ち「一」は俯勢に終筆の押さえも稍強くなっています。

「在」と「存」の部首は、説文篆文からも見てとれるように、今日の「才」です。これは本來、神が降臨する爲に立てられた十字形の呪標で、古くは神との交信の爲に呪詞を入れる箱を据え付けていたようです。

「在」の「土」は地靈を祀ったもので、土を盛り上げて、やはり十字形の呪標を立てたようです。どちらも神靈がそこに存在する意を持ちます。

「存」は、神前に生まれたばかりの子供を連れて行って氏子となる事を意味します。始めてその存在が神によって認められることになります。

「布」の上部は「右手」ではなく、説文篆文を見ても形が異なっていますが、これは「父」の字形で、本來、手に權力の象徴である斧を持った形です。ここでは「フ」の音を示す聲符です。

下部の「巾」が布を示す古い形で、布は略ぼ一定の幅で長く織られたので「巾」は「はば」の意に用いられるようになって、「父」を加えた「布」ができたものでしょう。

「有」の上部は「右手」です。下部は「肉月」で、神前に生贄(いけにえ) の肉を備える手を示す字ですが、甲骨文などでは「又」を「ある」の意味で用いた例もあり、「右」に「口」を加えたのと同樣に、區別のため「肉」を加えて「有」としたものでしょう。

これらの字は共に「左拂い」だけが存在し、「右拂い」など、對應する右側の畫がありません。從って、その下の「工」「土」「子」「口」「巾」「月」等はそれぞれ右に寄るものです。

「右」「布」「有」は「左拂い」が圓勢を帶びて短いため、僅かな右寄りになるだけですが、「在」や「存」は更に左の縦畫が存在するので、「土」「子」は大きく右に寄ります。それぞれの部首の大きさや形とは勿論、それらの部分がどれだけ左に寄ればバランス良く字形を纏められるか、よく學んで下さい。

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